最近のドラマ、なんとなく「あ、これ漫画で読んだやつだ」と思うこと、増えていませんか?
気のせいではないんです。今の日本のドラマ界は、原作モノが主流になっています。
そんな時代に、VIVANTは完全オリジナルストーリーで勝負しました。
漫画もない、小説もない。
すべてはひとりの監督の頭の中から生まれた物語だったんです。

原作ファンへの忖度ゼロ、比較されるものゼロ。ある意味、最強のスタートラインですよね。
- VIVANTがなぜあんなにも「ドラマらしくない」と感じたのか気になる人
- 日本のドラマ業界の「原作依存」問題に興味がある人
- クリエイターの「ゼロから生み出す力」に興味がある人
日本のドラマの「原作モノ依存」はどれほど深刻か
まず、現状を数字で見てみましょう。
近年の日本の連続ドラマのうち、漫画・小説・ゲームなどの原作を持つ作品は6〜7割以上にのぼるとされています。
つまり、テレビをつけてドラマを観ると、その多くは「すでにどこかで存在した物語」なんです。
なぜ原作モノがこれほど増えたのか。
理由は明快で、リスクが低いからです。
すでに人気のある原作があれば、ある程度の視聴者は最初から見込めます。
「この漫画が好きだから観てみよう」という動機が、最初から存在するわけです。
制作サイドにとっては、完全オリジナルよりも企画が通りやすく、スポンサーも集めやすいという現実があります。
一方で、原作モノには「原作ファンからの厳しい目」というプレッシャーもついてきます。
「あのシーンが再現されていない」「キャラクターのイメージが違う」——
近年、原作者とドラマ制作側のトラブルが社会問題になったことも記憶に新しいですよね。
VIVANTには、そのプレッシャーが一切ありませんでした。
比べるべき原作が存在しないのですから。
福澤克雄監督は、どうやってVIVANTを生み出したのか


VIVANTの生みの親は、TBSの福澤克雄監督です。
『半沢直樹』『下町ロケット』など、数々の大ヒットドラマを手がけてきた、
業界を代表するクリエイターのひとりです。
VIVANTの構想の起点については、福澤監督自身がラジオ番組から着想を得たと語っていると伝えられています。
そこから数年がかりで構想を練り上げ、脚本を書き、キャストを集め、
モンゴルでの大規模ロケという前例のない挑戦へとつなげていきました。
オリジナル作品の最大の強みは、物語のゴールを誰も知らないということです。
原作モノであれば、結末を知っている読者が一定数います。
「次回どうなるんだろう?」という純粋なワクワク感を、
視聴者全員が同じ温度で共有できるのは、オリジナルだけの特権なんです。
VIVANTが毎週SNSで「考察合戦」を巻き起こし続けたのも、
誰も正解を知らないからこそ——という部分が大きかったと言えます。



「原作はないんですか?」って聞かれて「ないです」って言える強さ、かっこいいですよね。
💡 ちなみに:福澤克雄監督の「前作」もオリジナルだった
実は、福澤監督が手がけた代表作のひとつ『半沢直樹』は原作ありの作品です(池井戸潤の小説が原作)。
一方でVIVANTは、彼が長年温めてきた「完全オリジナル」への挑戦でもありました。
原作モノで実績を積み、その信頼とノウハウを武器に、
満を持してオリジナルで勝負する——
VIVANTが生まれるまでの道のりには、そんなキャリアの流れも見えてきます。
大ヒットを連発してきた監督が「次はオリジナルで」と言ったとき、
誰も止められなかったのかもしれませんね。
まとめ
- 現在の日本のドラマは6〜7割以上が原作モノというのが現状
- 原作モノが主流な理由はリスクの低さと企画の通しやすさにある
- VIVANTは福澤克雄監督が数年がかりで練り上げた完全オリジナル作品
- 原作がないことで「誰も結末を知らない」という純粋なワクワク感が生まれた
- 毎週SNSで考察が巻き起こったのも、オリジナルだからこその現象だった



原作なしで、あれだけの熱量を生み出せるんですね。お見事でした。





