ドラマ 中編小説

【前編】予定のない選択

【前編】予定のない選択
【後編】予定のない選択

山瀬亮二(やませ りょうじ)は、幼い頃から先のことを考えるのがとにかく苦手だった。いつ宿題をすればいいのか、明日の準備をいつ始めればいいのか。そんな当たり前のことが胸の奥で重りになり、彼の頭をいつも憂鬱(ゆううつ)にさせた。部屋の片づけでも、学校のイベントでも、およそ時間を要するタスクはすべて後回しにしてしまう。そして結局は、自転車操業のようにその場しのぎを繰り返す。高校時代はギリギリで乗り切れることも多かったのだが、社会人になり、アルバイトから正社員に転向してみると、それでは通用しない場面が急に増えた。

彼が勤める会社は、都内の小さなIT関連企業。ウェブサイトの管理やECサイトの更新代行などを引き受けており、決して派手さはないが、地味に売り上げを伸ばしている。亮二はその中で、簡単なデザイン作業やコーディングの手伝いをしていた。自由な社風といえば聞こえはいいが、基本的に自己管理が求められる職場だ。にもかかわらず、亮二はどうしても「先の予定」を意識して仕事を進めることができない。ほかの社員はきちんとスケジュール画面やカレンダーアプリを使ってタスクを管理しているが、彼はカレンダーを開くのがそもそも面倒くさい。思いつくときに一気に片づけ、思いつかないときは何もしない。そうやって損をしているのを自覚してはいても、行動を変えられないのだ。

そんな彼には、口癖がある。「明日の自分にまかせればいっか」。本来であれば危機感を伴って口にするような言葉だが、亮二にとってはむしろ「呪文」といってもいいかもしれない。先延ばしする罪悪感を軽減するための魔法であり、同時に「今だけは遊ばせてくれ」という言い訳のようでもあった。そして実際、彼はその場の楽しみを優先してゲームに没頭したり、友人の急な誘いに乗ったりと、予定らしい予定を組まずに日々を過ごしてしまう。

ある月曜の朝。いつものように、少しだけ遅刻ギリギリの時間に家を出ようとしていたとき、ふいにスマートフォンのホーム画面を見た。いつもであればアイコンが並んでいるだけで特に気にも留めないのだが――一つだけ見慣れないアイコンがある。雲をバックにした、まるで占いのようなロゴが描かれたそれには「Foresight(フォーサイト)」という文字がついていた。

「ん? こんなアプリ、インストールした覚えないけど……」

亮二は首をかしげながら、思わずそのアイコンをタップしてみた。だが、何度タップしても一向に起動しないし、アプリ情報の画面にも何も表示されない。バグかもしれないと思い、ひとまず急いで家を出ることにした。会社にギリギリ間に合い、いつものようにパソコンに向かいながらも、やはり気になってスマホを確認すると、その奇妙なアプリはまだそこにある。しかも何の通知もないはずなのに、アイコンから微妙に光が漏れているように見えた。

「ウイルスとか変なのじゃなきゃいいけど……」

そう呟きながらも、結局は仕事に追われて深入りできず、そのまま日が暮れていった。午後から夜にかけて立て続けにクライアントからのデザイン修正依頼が入り、いつになく集中してPCに向き合ったのだ。時刻は21時を過ぎ、仕事で疲れきった頭を引きずるようにして会社を出ると、夕飯を買って帰るのさえ面倒に思える。亮二はコンビニで適当に弁当を買い、部屋に戻ってそのままソファに沈んだ。

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