ドラマ 中編小説

【後編】予定のない選択

【前編】予定のない選択
【後編】予定のない選択

それから数日間、亮二は落ち着かない日々を過ごした。6月7日の午後2時が迫るにつれ、心の中のざわめきが増していく。どの友人が被害を受けるのか。きっとただのデマかもしれない……と頭では否定しつつ、もしそれが本物なら、何もしないで見過ごすのはあまりに無責任だ。常に「面倒くさい」「後でいい」と言い聞かせてきた自分が、いま初めて強い義務感を抱いているのが不思議だった。

ある夜、彼は思い切って高校の同級生だった庄野(しょうの)に、こっそり連絡を入れた。学生時代、庄野と亮二はそこまで親密ではなかったが、何度かクラスで同じグループになったことがあり、連絡先だけはつながっていた。庄野は現在、銀行に勤めているという噂を聞いたことがある。週末に会う機会はほぼなかったが、この6月7日が平日であることを考えれば、彼が仕事で移動中に例の交差点を通る可能性はゼロとはいえない。

「お前、最近どう?ところで6月7日って何してる?」

唐突な彼のメッセージに、庄野はそっけなく「平日だし当然、仕事だな」と返してきた。何か予定はあるかと尋ねても、「普通に出社してると思うよ」と言うだけで、特別な出張や外回りはないという。友人一人一人にこんな調子で確認を取るのは骨が折れそうだが、やはり「何もしない」よりはマシだ。

それでも、同僚、大学の先輩、高校時代に仲の良かった数人にあたってみても、「その日のその時間にあの交差点に行く」という情報は聞き出せなかった。それどころか「なんでそんなこと聞くの?」と不審がられそうになる場面もあり、亮二はしどろもどろになって電話を切った。とはいえ、アプリで未来予知を見たなんて言えるはずもない。相変わらず、これと言った確証も得られぬまま、時は流れていった。

だが、そんな折に偶然の出来事が起きる。会社の同僚であり、一番仲の良いメンバーでもある大杉から連絡があったのだ。珍しく興奮気味の声で、「ちょっと頼みがあるんだけど、来週の午後、外回りに付き合ってほしい」と言う。詳しく聞いてみると、新規クライアントとの打ち合わせが急きょ決まり、その帰り道に一緒に某所へ寄って資料を届けたいという段取りらしい。日程は6月7日の午後、場所は――なんと、亮二が気にかけていたあの交差点付近のビルだった。

「え?大杉、俺を誘うってことは……もしかして2時頃、あの交差点を通ることになるのか?」

そう尋ねると、大杉は「そうだよ。午後の打ち合わせが終わるのがだいたい1時半くらいだから、ちょうど2時くらいに交差点を渡るんじゃないかな」と答える。まるでシナリオが用意されていたかのようなタイミングに、亮二は息をのんだ。もしかするとアプリが警告している“友人の被害”とは、大杉のことなのかもしれない。確かに大杉はこの会社に入ってから一番親しくなった仲間で、彼の陽気な人柄に何度も救われた。いつも先輩やクライアントの無茶ぶりに巻き込まれながらも、決して腐らずに明るくやりとげる姿は、亮二にはない長所だった。

かといって、ここで大杉に「その交差点は危ないから行くな」などと言ったところで、彼にも仕事があるし、その理由を聞かれても答えられない。困り果てた末に、亮二は「やっぱり俺、行けないかもしれない」と咄嗟に嘘をついた。大杉は不満そうな声を上げたが、彼としては「そもそもその場所に大杉を近づけなければ危険を回避できるのでは?」という安易な発想があったのだ。しかし大杉は性格が明朗で行動力がある分、ひどく頼りにされており、「じゃあ一人で行くしかないか……」と、あっさり一人行動を受け入れてしまった。それでは結局、彼自身が現場に向かうことに変わりはない。

「どうする?このまま放っておいたら、大杉が……」

未来予知の情報が全て正確であるのだとしたら、6月7日の午後2時、彼は事故か何かの被害に巻き込まれるかもしれない。これまでは自分の不確実な行動力を引き合いにして、何もせずにきてしまったが、今度ばかりは違う。亮二は落ち着かない表情のまま、引き出しの奥にしまっていたメモ帳を取り出した。実に数年ぶりのことだ。彼は驚くほど丁寧な文字で日付と時間を書き込んだ。さらに、その時刻に合わせて「どう行動するか」の簡単なリストアップを始める。

  1. 大杉にあらかじめ警告し、別ルートを提案する。
  2. それでも行くなら、自分も同行して注意を払う。
  3. アプリを提供している謎の開発者に、メッセージを送ってみる。

この三つのどれも、亮二にとっては「面倒くさい」行為であり、どれ一つとっても気持ちが萎えてしまいそうだった。だが彼はリストの項目をにらんで覚悟を決める。どうせ過去にいくつもの先延ばしで失敗を重ねてきたわけだし、ここで動かなくては、自分は一生「口先だけの人間」だ。そう思うと、不思議な決意が心の底から湧き上がってきて、血が通うように指先が震えるのを感じた。

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