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第5章 「仲間の推理」
「おかしいと思いませんか?」
休憩室で昼食を取っていた鬼塚が、突然声を潜めて切り出した。向かいに座る林が箸を止める。
「何がですか?」
「あの映像のこと。誰が、なんの目的で出したんでしょうね」
鬼塚は周囲を確認してから、さらに声を落とした。
「しかも、タイミングが良すぎる。全社マニュアル化計画が始まるのと同時に、あんな都合の良い映像が出てくるなんて」
林も考え込む様子を見せた。確かに不自然だった。古い映像が突如として社内ネットワークに投稿され、それを誰も疑問に思わない。まるで仕組まれたかのようだ。
「IT部の山下さんに聞いてみませんか?」 「そうだな。放課後、ちょっと行ってみるか」
二人はその日の夕方、システム管理室を訪れた。デスクに向かう山下は、眼鏡の奥で目を輝かせながら話を聞いた。
「ああ、例の映像ね。実は気になってたんだ」
キーボードを叩く音が響く。
「投稿元のIPアドレスを追跡してみたけど、妙なんだよ。社内からの投稿なんだけど、投稿者IDが暗号化されてる。普通はありえないんだ」
「社内から?」鬼塚が身を乗り出す。
「しかも、この暗号化プロトコル。一般社員じゃアクセスできないはずのセキュリティレベルなんだよね」
三人は顔を見合わせた。これは単なる偶然の出来事ではない。誰かが意図的に、しかも相当な権限を持つ人物が関与している可能性が高い。
「もう一つ気になる情報があるんです」
林がスマートフォンを取り出した。
「このプロジェクト、予算規模が異常に大きいんです。古い輸送ラインの買収というより…」
「まるで誰かの私腹を肥やすためみたいだって?」 鬼塚が言葉を継ぐ。
「本社の取締役の中に、古い車両の輸入に詳しい人がいるらしいんです。しかも、その会社と個人的な繋がりが…」
突然、システム管理室のドアが開く音が響いた。三人は慌てて話を中断する。
「お疲れ様です」
支社長が顔を出し、怪訝な表情で三人を見た。
「こんな時間まで何を?」
「い、いえ、ただの雑談です」 鬼塚が取り繕う。
支社長は不審そうな目を向けたが、特に何も言わずに立ち去った。
その夜、帰り際の駐車場で鬼塚と林は声を潜めて話し合った。
「西園寺さんって、本当にマニュアルが運転できるんでしょうか」
「さあ。でも、誰かが彼を利用しようとしてるのは間違いない」
街灯の下で二人の影が長く伸びる。
「とにかく、このままじゃまずい。デモ走行まで、あと二週間しかないんです」
林の言葉に、鬼塚は深いため息をついた。
「西園寺さんに話を…」
その時、暗がりから人影が現れた。 「何を話すの?」
振り返ると、そこには渋谷理々花が立っていた。
「私も、お二人と同じことを考えています」
夜風が三人の間を吹き抜けていく。このプロジェクトの裏で、いったい何が起きているのか。そして、西園寺は本当のところ、何を隠しているのか。
答えを求めて集まった三人の影が、闇の中でゆっくりと重なっていった。