第7章 「衝撃の結末」
デモ走行当日、湘南特設コースには報道陣や本社役員が詰めかけていた。朝から曇り空で、時折小雨が降る。
「西園寺さん、準備はいいですか?」 支社長が楽屋代わりの仮設テントで声をかける。
西園寺は無言で頷いた。レーシングスーツに身を包んだ姿は、どこか滑稽に見える。
テントの外では既にセレモニーが始まっていた。本社役員による新規事業計画の発表。海外の輸送ライン買収の意義。そして、その象徴としての「伝説のドライバー」による実演。
「まもなく、お待ちかねの西園寺昇による特別走行です!」 司会者の声が場内に響く。
その時、テントの隅から鬼塚が近づいてきた。
「西園寺さん、もういいんです。やめましょう」
「いや…」 西園寺は静かに首を振った。
「私がやるべきことは決まっている」
会場には既に西園寺の乗る車が待機していた。真っ赤なボディに会社のロゴが輝く。クラッチペダルは、まるで西園寺を嘲笑うかのように存在を主張している。
「では、いよいよ走行開始です!」
会場が沸く中、西園寺は運転席に座った。両手でステアリングを握る。不思議と、手は震えていない。
「西園寺さん!」 林が助手席に飛び乗る。後部座席には鬼塚も。
「二人とも、下りなさい」
「いいえ、最後まで一緒です」
三人を乗せた車は、スタートラインに向かう。観客席からは期待に満ちた視線が注がれる。カメラのフラッシュが光る。
エンジンを始動させた西園寺は、深くため息をつく。そして、ゆっくりとマイクを取り上げた。
「申し訳ありません」
場内が静まり返る。
「私には、マニュアル車を運転することができません」
「な、何を言っているんだ!」 支社長が慌てて駆け寄ってくる。
「23年前、私は恐怖のあまり逃げ出しました。それ以来、左足でクラッチを踏むことができない。あの映像は捏造です」
場内がざわめく。
「このプロジェクトの裏には、不正な利権が絡んでいます」 続けて鬼塚が立ち上がり、証拠の書類を掲げる。
「我々には、すべての証拠があります」 林も加わった。
支社長の顔が青ざめる。本社役員たちも動揺を隠せない。
その時、観客席から一人の女性が立ち上がった。渋谷理々花だ。
「私の祖父は言っていました。『真実に向き合う勇気こそが、本当の運転技術より大切なのだ』と」
雨が強くなってきた。 しかし西園寺の表情は、これまでになく晴れやかだった。
「左足が痛いと言い続けてきました。でも本当は、私の心が痛かったのです」
エンジンを切り、西園寺はゆっくりと車を降りた。 23年間の重荷が、ついに解き放たれる瞬間だった。
大きな雨が、すべてを洗い流すように降り注ぐ。