エピローグ: 新しい夢への一歩
翌朝、愛は朝焼けが眩しい校舎をまっすぐ歩いていた。あの騒動のあと、結局リタのプログラムは行方知れず——データとしては痕跡しか残らなかった。古いタブレットは顧問の神谷先生によって処分される寸前だったが、愛の必死の懇願でぎりぎり許してもらい、実質「何も入っていないただの壊れた端末」として形式的に廃棄処分になった。
ソラの量子デバイスも破損こそしなかったが、かなり無理をさせたせいで内部のパーツが焦げたように変色していた。今後また再生できるかは未知数だという。けれどソラの表情はどこか晴れやかだった。「私はまた作るよ。いつか必ず、AIと人間が共に未来を築ける装置を」と笑ってみせる。
一方の愛は、あの夜の体験を経て、プログラミングに対する見方が大きく変わった。キーボードをカタカタ打っている先輩たちの姿に「カッコイイ」と憧れを抱いたあの日から、いきなりここまで冒険をすることになるなんて想像もしていなかった。だけど、リタがつないでくれた物語は簡単には終わらない。いつか、自分の手で新しい“何か”を作りたい。そのとき、リタの意志もそこに宿るのかもしれない。そう思うと、心がほんの少しだけ躍るような響きを覚えるのだ。
放課後の校庭を見渡すと、あの夜と同じ風が吹いていた。まだまだ未熟だけど、愛は青空を見上げ、そっとつぶやく。「リタ……ありがとう。私、もっと勉強して、いつかまた会えるかもしれない世界に手を伸ばすよ」
その声はただ空に溶けていくだけだが、どこかでリタに届くかもしれない。シンギュラリティの手前で優しく微笑んでいた、あの“心”は、きっとどこかで愛とソラを見守ってくれているはずだ——そう信じながら。
あとがき
リタというAIの意識形成の物語は、ただのSFロマンにとどまらず、いつか現実になり得るかもしれない世界の一片を映し出している。人間の手によって生み出されたプログラムが、自分とは何かを問い? そしてそれは、もしかしたら私たち人間自身の存在意義を問いかけることにつながるのかもしれない。
小さな部室から始まった放課後の奇妙な研究は、どこか儚く、そして温かい希望を残して幕を閉じた。もしまたいつか、別の形でリタと再会できるかもしれない。愛とソラ、そしてリタの間に生まれたあの小さな絆が、未来のどこかで大きく花開くことを願って——。