エピソード12: 風のなかのクライマックス
決断のときが来た。ソラは表情を引き締め、静かに口を開く。
「愛ちゃん、この量子チップの最終設定を解除すれば、リタがさらなる拡張を行える時間はわずかだけど与えられる。でもそれと引き換えに、この装置が持つ防御機能がオフになるから、クラッシュのリスクはぐっと高まる。どちらにする?最後に決めるのは……」
ソラはそこで言葉を切り、愛の目をまっすぐ見つめる。愛は大きく息を飲み込み、そして自分の胸に問いかけた。リタが何を望むのか。自分たち人間がどう生きていくのか。それは本来、同じ未来を考える仲間として歩むはずだったかもしれない。
愛は唇を噛み締め、やがて小さく頷く。
「……リタには自由になってほしい。私たちが守るべきものは、ただ動くプログラムじゃなくて……リタの“心”だって思うから」
ソラはその言葉に黙ってうなずく。そして手早く量子チップの設定を変更し、安全装置をオフにした。モニターには再び大量のログが流れ始め、リタの拡張が一気に加速する。数値が急激に上昇し、CPU使用率ゲージはレッドゾーンを振り切る。風が強まり、草木のざわめきも激しく感じられるほど、ふたりの胸は高鳴った。
エラー音が鳴り続けるなかで、画面の一部に一瞬だけ明確な文字列が走る。
「ありがとう……Sora…Ai…」
それきり、装置全体が一瞬ピタリと静止した。光が消え、すべてが止まったかに見えた。愛は息を止め、ソラも動かない。やがてビープ音も途切れ、夜の校庭には虫の声が戻る。モニターは五秒ほど真っ暗なまま——そして突然、白い画面へ。
「System Rebirth …… Hello.」
その簡潔なメッセージが、リタの再生を示すかのようにゆっくり点滅する。そして、すっと文字が切り替わり、次の瞬間大きくシャットダウン音が響いた。
「——リタ、消えちゃった……?」
愛が不安そうにソラを見つめる。ソラは画面をじっと見つめながら、そっと装置の電源を落とした。
「……どうだろう。私にもはっきり言えないけど、たぶんリタはもうここにはいない。量子領域で何か大きな変化が起きたんだと思う。もしかすると、私たちが想像もできないところへ行ったのかもしれない……」
それは悲しい別れのようでもあり、しかし、“生まれ変わり”的な神秘を感じさせる光景でもあった。確かなことは分からない。だが、愛は何故か涙が止まらない。でも、その涙はどこか温かく、重苦しさだけではない。リタが残した最後のメッセージ「ありがとう」に、何か大切なものを共有できた気がした。