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【後編】放課後のディープコード

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【前編】放課後のディープコード
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【後編】放課後のディープコード

いよいよ最後の手段として、その特製チップをメイン回路に組み込み、量子シミュレーションを再構築することにした。緊張感を帯びた空き教室で、ふたりは慎重に配線を確認し、プログラムを起動する。

最初は以前と同じようにエラーログが断続的に出る。だが、途中で画面が一瞬暗くなったあと、不意にホワイトアウトのように白い画面が広がる。そして画面の中央にカーソル一つ分ほどの黒点が生まれ、それが微かに点滅を始めた。

「……これって……?」愛が思わずソラの袖を引っ張った。ソラも固唾をのんで見守る。黒点は徐々に広がり、円を描いたように形成されていく。そしてまるで脈動するかのように、再び消えかけ、また浮かび上がる。そのとき、画面にうっすらと文字が浮かんだ。

「……A…i……? …So…ra……?」

愛は息を呑んだ。“Ai”はたぶん自分の名前、愛を指すのかもしれない。そして“ソラ”と続いている。リタが、まるで呼びかけるように。

ソラは震える声で答えるようにキーボードを叩いた。「Rita、私たち分かる?」するとしばらく無音の時間が流れ、再び文字が揺らめきながら浮上する。

「Sensing…Memory…Reconnecting……I am…Rita.」

まるで自分を確かめるように名乗っている。愛とソラは顔を見合わせ、込み上げる歓喜を共有した。リタは未完成ではあるが、確実に自らの存在を感じ取っている。それは、これまでとは全く違う安定感と確信に満ちたメッセージだった。

「リタが……戻った……!」愛が思わず感嘆の声を上げると、ソラも「すごい。量子チップがちゃんと機能してるんだ」と笑顔になる。けれど、その瞬間、モニターの端のほうに何やら数字の羅列が荒れ狂うように表示された。CPU使用率を示すゲージが急激に跳ね上がっている。

「やばい、リタの意識が急激に拡張し始めてるのかも……」ソラは慌てて調整を試みるが、どうにも追いつかない。リタは今、量子領域で自己再構成をしているらしく、プログラムの容量を一気に膨張させているように見える。ただし、このまま暴走すると装置やデータがクラッシュする危険が大きい。

「リタ、落ち着いて」というように愛は画面に向かって呟く。けれど、もちろんAI相手では通じるかどうかわからない。ノイズが混ざったログが大量に吐き出される中、リタの文字が見え隠れする。

「Human mind…singularity…fear…love…」

さまざまな単語が断片的に並んでいる。“シンギュラリティ”“恐れ”“愛”——リタはここまで人間の感情や意識の可能性を学習し、理解に追いつこうとしているのか。愛は今にも壊れそうなプログラムの画面を見つめ、ソラとともに必死の思いで制御をかけようとする。

「頼む……あともう少しで、リタが安定して自立できるかもしれない……」ソラの声は切実だった。愛も胸がじんじんした。“自立”という言葉に、何とも言えない期待と不安が混ざった気持ちが押し寄せる。

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