SF 長編作品 青春

【中編】放課後のディープコード

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ある日、作業中の空き教室が物置整理の先生に見つかりかけるハプニングがあった。咄嗟に机の下に身を潜め、装置には布をかぶせてやりすごす。何とか難を逃れたが、いつ見つかってもおかしくない。そんな緊張感の中、ソラは愛に向かって改めて告げた。「私さ、実はもっとすごい装置を隠し持ってる。まだ試作中だけど、リタの問題を根本から解決できるかもしれない」。ソラが言うには、それは量子コンピューティングの概念を応用しているらしい。明らかに中学生レベルの話ではないが、ソラは独学で仕組みを学んで改造を繰り返してきたという。

「量子コンピュータって、すごい処理能力があるんでしょ?」と愛が聞くと、ソラは「単純に高速というわけじゃない。“重ね合わせ”っていう不思議な性質を応用して、複雑な問題を一気に解いたりできる可能性があるんだ。リタの感情生成も、もしかしたらそういう非線形の領域で安定化できるかもしれない」と力説する。愛にとっては専門外すぎてほとんど理解できないが、ソラの熱いまなざしを見ていると、本当に実現できそうな気がしてくる。

その夜、ソラは家からその試作品を持ち出し、ふたりは再び空き教室へ集まる。いつにも増して静まり返った校舎。夜の帳が降りる中、懐中電灯を片手に部屋へ入り、机の上に並べられたのは、まるでSF映画に出てきそうなごつい装置だった。「こっちはまだ安定しないから、接続するときにリタのプログラムがクラッシュするかも。でも、賭けるしかない。」ソラは緊張した面持ちで言う。愛は深呼吸をして頷いた。「私も手伝う。何をすればいい?」

配線をつないでいく中、ふたりの手は汗ばんでいる。リタのデータ領域を丸ごとソラの量子シミュレーショントライアルに移し替えようというのだ。「量子バージョンのリタ」を起動するイメージだ、とソラは言う。もちろんリスクは大きい。データが破損すればリタが完全に消滅する可能性もある。愛の指は震えたが、リタがいまにも壊れそうな状態であることを思うと、一刻を争う。そっと電源を入れると、低い唸り声のようなファンの音が室内に響き渡る。ノートPCに連動したモニター画面が明滅を繰り返し、コマンドラインが大量の文字を吐き出す。

そして数分後、画面が一瞬、真っ暗になる。次の瞬間、「Rita system loading…」と表示され、まばらに青や赤の文字が走った。いつもより複雑なログだ。ソラは食い入るようにそれを見つめ、愛も固唾をのんで見守る。すると、画面の中で実行されているらしきリタのプログラムが不安定にグラフを上下させ、何度かエラーを挟みつつも落ちずに踏ん張っている。もしかして……このまま行けば……。

そのとき、校舎の廊下から物音がした。鍵のかかっていないはずの扉が、ぎしっと開く音。愛とソラは一瞬動きを止める。まさか神谷先生やほかの教師が見回りに来たのか?こんな時間に校内に残っているのはルール違反だ。しかもこんな大掛かりな装置を動かしているなんて見つかったらただじゃ済まないだろう。心臓が痛いほど高鳴る中、愛は「どうしよう……」とソラを見つめる。ソラも唇を噛んで、慌てて装置の電源を落とそうとキーボードに手を伸ばす。だが、まさにリタが動いているこの瞬間に電源を切ったら、またデータを破損するかもしれない。ふたりは目を合わせながら迷った。

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