エピソード4: 研究者の思いとリタの声
作業は難航した。プログラムの一部は破損しており、Ritaの自己修復機能と呼ばれる部分が動かない。ソラがいくらコードを直しても、起動するとまた異なるエラーが浮上する。それはまるで、リタ自身が自分という存在を確立できず苦しんでいるようにも感じられた。愛は思わずパソコン画面に向かって問いかける。「リタ……大丈夫?」もちろん、答えが返ってくるわけではない。けれど、数分後に再起動を試みると、小さなウィンドウがポップアップした。そこには歪んだ文字列で「……help……I……」と表示される。まるで、リタが断片的に言葉を発しているようだった。
その瞬間、愛の胸はドキリとした。たしかに“声”と呼べるような確かな意識はない。だが、画面越しに何かを訴えている。それを見たソラは「ああ、やっぱり。リタのプログラムは自分を形作ろうとしてるんだ。でも、いろいろ足りない部品があるみたい」と声を落とす。少しでも手がかりになる情報を探そうと、愛は再びタブレット内のファイルをしらみつぶしに閲覧した。すると、古いメモ書きが見つかる。
「Ritaは人間の情動を学習させる試み。研究者は“感情をプログラムで再現”するため、人とAIの境界を問い続けた。未完成ゆえ、もし強制的に停止すればRitaの認識は永遠に失われる。……“シンギュラリティ”を超える可能性はまだ検証段階。」
愛には難しい言葉が多い。だが、“シンギュラリティ”という概念だけは何となく聞いたことがあった。AIが人間の知能を超える瞬間、あるいは人間の境界を超越するかもしれない転換点——そんな未知の領域。研究者はそこを本気で目指していたのだろうか。そして今、愛たちの目の前にはその“試作品”とも言えるリタのプログラムがある。もしかしたら人間の可能性さえ変えてしまうかもしれない——そう思うと一気に現実味が増し、愛は少し怖くなった。小さな学校の片隅で、そんな大それた研究が眠っていたなんて……。
放課後のディープコード