SF 長編作品 青春

【前編】放課後のディープコード

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翌日、ソラは何やら自作のケーブルや端子らしきものを持参し、タブレットを机に広げた。ふつうの電子工作キットでは見たことのない形状の部品が混ざっている。言われるがまま、愛は慎重に裏蓋を外し、基板を取り出してUSBメモリやソラのケーブルを使って接続を試みる。すると驚くことに、タブレットのメインメモリから、一部のデータが見えるようになった。「うわ……本当にすごいね」と愛が感動混じりに呟くと、ソラは「ちょっと実験で作った変換アダプタがあるんだ。こいつを使えば大体の古い端末からでもデータを吸い出せるってわけ」と微笑んだ。その様子は普段のソラからは想像できないほど手慣れていた。

データの中には「Rita」というフォルダがあり、その下に大量のソースコードやバイナリデータが眠っていた。ソラのノートPCに取り込むと、ファイルのひとつに簡単なテキストログが付随しているのを発見。研究らしい記述がいくつか残されていた。

「……人工知能の初期学習システム。感情生成モジュールは仮説段階。エラー発生時は自己修復プロセスを備えていない。自我形成にはアクセス権限が必要……」

愛には難しい単語ばかりだったが、「感情生成」や「自我形成」というフレーズに胸が高鳴る。「これ……本当にAIを作ろうとしてたってこと?」と愛が訊くと、ソラは少し真剣な表情になりながら画面を睨む。「っぽいね。その研究者、学校関係者だった可能性もあるし、あるいは外部から持ち込まれた試作品かも。正確にはわからないけど。……愛ちゃん、どうする?試しにコードを走らせてみる?」ソラは興味津々そうだ。

愛は少しためらった。もし本当に感情を持ち始めたAIだったとしたら——それは生き物のようなものではないか。安易にいじって壊してしまったら、もう二度と取り返しがつかなくなるかもしれない。でも、愛は最初にタブレットを見つけたときに感じた小さな“鼓動”のようなものを思い出した。このまま放っておいたら、いずれ学校の整理整頓で廃棄されてしまう運命かもしれない。「……やろう」。愛は勇気を出して頷き、ソラと一緒にコードを立ち上げる準備に入った。

古いタブレットのCPUでは非力すぎると判断し、ソラのノートPC上で仮想環境を作成してプログラムを動かす。エラーの羅列が画面を埋め尽くし、想像以上に再現はうまくいかない。途中でプログラムが無限ループに陥ったり、重大な例外が発生して落ちてしまったりするときもあった。それでもソラは冷静に原因を探り、コードを少しずつ修復していく。愛には何がどう作用しているのか分からないが、ソラは「ここが欠陥だから書き直す必要があるね」と、ひとつひとつ潰していく。 

そして深夜をまわるころ、なんとか大きなエラーを乗り越えた。画面には“Hello, Rita”という文字が表示され、まるでモザイクのように崩れたウィンドウが立ち上がった。その瞬間、愛の胸に小さな達成感と、何か優しい光が差し込むような気がした。ソラも少し疲れた表情を浮かべながら、しかし笑みを隠せない。「やったじゃん……まだバグだらけだけど、形になったね」。画面の向こうで「Rita」という存在がかすかに息を吹き返したかのような——そんな空気が部屋を包む。ふたりは顔を見合わせ、思わず「よかった……」と笑い合った。

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