サスペンス ドラマ ミステリー

【前編】雲見の柘榴が落ちるとき

https://lumoes.com

朝六時、防災無線から流れるチャイムで目が覚めた。今日は地域の清掃活動の日だ。

集合場所の公民館に着くと、すでに数十人の住民が集まっていた。みな軍手をはめ、大きなハサミを手にしている。

「伏見さん、こちらです」

川上さんが手招きし、清掃道具を渡してくれた。

「初めての方もいらっしゃいますので、改めて注意事項を説明します」

区長らしき男性が前に立った。

「特に重要なのは、柘榴の実や葉を拾わないことです。各家庭の柘榴は、その家の者しか触れてはいけません」

美桜は首を傾げた。なぜそこまで柘榴にこだわるのか。周りの住民たちは、当たり前のように頷いている。

清掃が始まり、美桜は川上さんと同じ班になった。道路脇の草むしりをしながら、老婆は昔話を始めた。

「この辺りはね、昔から柘榴の木が多かったの。でも、今じゃうちの家と、あなたの家くらいしか残ってないわ」

「どうしてですか?」

「みんな切ってしまったのよ。あの事件の後にね」

老婆の表情が暗くなった。

「事件というと...」

その時、誰かが大声を上げた。

「あっ!血が!」

清掃班の一人が指を切ったらしい。しかし、傷口から流れる血は、異常に濃い赤色をしていた。まるで、熟れた柘榴の実のような色だった。

「大丈夫ですか?」

美桜が駆け寄ろうとすると、周囲の人々が一斉に制止した。

「触れちゃダメ!」

なぜそこまで過剰に反応するのか理解できなかった。怪我人は救急車で運ばれ、清掃活動は早々に切り上げとなった。

帰り道、美桜は不思議な光景を目にした。公民館の裏手で、数人の老人たちが円陣を組み、何かを囁きあっている。

「願いの成就には、相応の代価が必要です」 「しかし、もう限界かもしれません」 「あの家に来た娘さんも、きっと...」

声が途切れた。老人たちは美桜に気付き、さっと散っていった。

家に戻ると、庭の柘榴の木が昨日より大きく育ったように見えた。葉は鮮やかな緑色で、実はわずかに赤みを帯び始めていた。

「成長が早すぎる...」

昨日見つけたガラス瓶のことを思い出した。手紙を読まなければ、何か重要なことを見逃してしまいそうな気がする。

夕方、再び庭に出て瓶を探したが、見つからない。確かにここに埋めてあったはずなのに。

「探し物?」

背後から声がした。振り返ると、"もう一人の自分"が柘榴の木の下に立っていた。長い黒髪が風に揺れ、不気味な笑みを浮かべている。

「あなたは...誰?」

問いかけに答えず、幻影は木々の間に消えていった。

その夜、美桜は悪夢にうなされた。

夢の中で、無数の柘榴が血のように赤く熟れ、次々と地面に落ちていく。その一つ一つが、人の顔に見えた。

目が覚めると、枕元に一枚の紙切れが置かれていた。

「願いを叶えたいなら、柘榴の木に聞け」

誰が置いたのか。美桜の手は震えていた。

-サスペンス, ドラマ, ミステリー
-, , , , , , , , , , ,