第六章「嵐の前夜」
東京からの誘いを受けてから三日が経った。返事の期限は一週間。 その間にも、異変は続いていた。
夜な夜な「コツコツ」という音が聞こえる。まるで誰かが柘榴の実を集めているかのような音だ。
「やめなさい」
夜中、突然耳元で囁かれて目が覚めた。"もう一人の自分"が、ベッドの横に立っていた。
「あなたには、もう東京しかないわ」
その言葉に、美桜は反論した。
「どうして?私はここで何かを見つけなければ...」
「見つけても、後悔するだけよ」
幻影は消え、代わりに強い風が家を揺らした。
翌朝、天気予報は大型の台風が接近していることを伝えていた。
「伏見さん、避難の準備はできてる?」
川上さんが心配そうに声をかけてきた。
「この辺りは土砂災害の危険があるから、早めに避難所に行った方がいいわ」
しかし美桜には、どうしても確かめたいことがあった。 ガラス瓶の中の手紙。そして、柘榴の木に隠された真実。
夕方になり、風が強まってきた。 空は不気味な暗紫色に染まり、柘榴の木々が不気味に軋んでいた。
その時、庭の奥で人影を見つけた。 黒いドレスの少女が、柘榴の木の下で何かを掘っている。
「待って!」
美桜が駆け寄ると、少女は振り返って微笑んだ。 その顔は、失踪した長女のものだった。
「あなたも、願いを叶えたいの?」
少女は血のように赤い柘榴を手に持っていた。
「私は...」
答えようとした瞬間、轟音が響き渡った。 柘榴の木の一本が、強風で倒れ始めたのだ。
「気をつけて!」
美桜は少女を突き飛ばそうとしたが、その体はすり抜けてしまった。幻だったのだ。
倒れた木の根元から、古いガラス瓶が転がり出てきた。 中の手紙は、かろうじて判読できる状態だった。
昭和五十年八月十五日 私は、この柘榴の木に願いをかけました。 娘の病気が治りますように、と。 願いは叶いました。でも、代わりに夫を失いました。 そして今、また新しい願いをかけようとしています。 これが最後の願い。 どうか、この呪いのような運命から、私たちを解放してください。
柘榴の木の守り人より
手紙を読み終えた時、稲妻が空を切り裂いた。 風は更に強まり、残りの柘榴の木々も今にも倒れそうだった。
そして、"もう一人の自分"が現れた。 今度は、ただの幻影ではなかった。 確かな実体を持って、美桜の前に立っていた。
「さあ、選びなさい」 「この土地に留まるのか、それとも...」