「私の記憶は、あなたの中にあるのよ」 藍が言う。 「15年前、私は時間を売って管理者になった。でも、それだけじゃ足りなかった」
スマートフォンは「06:00」を指している。 建物全体が軋むような音を立てる。
「人の時間を管理するには、膨大な知識が必要だった。だから私は...自分の記憶をあなたの中に少しずつ移していったの」
そう言えば、建築の仕事を選んだのも、数式に興味を持ち始めたのも、全て藍が消えた後だった。
「でも、なぜ僕を?」
「私にはわかっていたの。いつか時間の重みに耐えられなくなる時が来ることを。その時、私の代わりを務められるのは、あなたしかいないって」
カプセルの中の藍の体が、ゆっくりと崩れ始める。 時間という重荷に、彼女の存在が耐えられなくなっているのだ。
「選択肢は2つ」 藍が言う。 「私の代わりに時間の管理者になるか、それとも...全てを元に戻すか」
「元に戻す?」
「そう。15年前に戻り、私が時間を売ることを止めるの。でも、そうすれば...私たちの記憶も、この15年も、全て消えてしまう」
スマートフォンは「03:00」を指している。 選択の時間が迫っていた。
私は藍を見つめた。 彼女の透明な姿が、少しずつ光を失っていく。
「僕は...」
時計の針が、最後のカウントダウンを始めた。 この選択が、全ての時を決定する。
私は、深く息を吸い込んだ。