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【第1話】時詠みのチョコレート~廃墟のバレンタイン~

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【プロローグ】時詠みのチョコレート~失われた約束~
【第1話】時詠みのチョコレート~廃墟のバレンタイン~
【第2話】時詠みのチョコレート~時を喰う甘噛み~
【第3話】時詠みのチョコレート~愛の半減期~
【エピローグ】時詠みのチョコレート~時を紡ぐ者たち~

カメラマンの青木が病院の廊下で足を止めたのは、午後3時を過ぎた頃だった。

「瞬さん、この階はもう撮り終わりましたが」 「ああ」 「なぜまた戻ってきたんです?」

私は答えずに、薄暗い廊下の壁を見つめていた。かつて真っ白だったはずの壁には、今では無数のクラックが走っている。その亀裂の一つ一つが、15年の歳月を物語っていた。

私たちは都内某所にある廃病院の取材のために訪れていた。私は建築ライターとして、青木はカメラマンとして。しかし、この場所を選んだのは純粋な偶然ではない。

「ここが、最後に藍を見た場所なんです」

青木は目を丸くした。彼は藍のことを知らない。そもそも、彼女のことを知る人間は、もう殆ど残っていない。

「この病院が閉鎖される直前、藍は看護師として働いていました。2009年2月14日、彼女は突然姿を消した。防犯カメラにも映っていない。誰にも気付かれることなく、彼女は消えたんです」

話していると、スマートフォンが震えた。画面には「20:00」というカウントダウンが表示されている。先ほどで発見した懐中時計と同期しているようだ。

「上の階を見てみましょう」 私は階段を上がり始めた。足音が不気味に響く。

4階に着いた時、それは起きた。

突然の轟音と共に、天井が崩れ落ちてきたのだ。 「危ない!」 私は咄嗟に青木を押しのけた。埃と瓦礫が視界を覆う。

「大丈夫ですか?」 「ええ、なんとか」

崩落によって床に大きな穴が開いた。その底には、今まで誰も知らなかった空間が広がっていた。

「隠し部屋...ですか?」 青木が懐中電灯を取り出す。

私たちは慎重に降りていった。部屋の中央には木製の作業台があり、その上に見覚えのある木箱が置かれていた。先ほど見つけたものと同じデザインだ。

箱を開けると、中からまた新たなチョコレートと懐中時計が出てきた。チョコレートの包装紙には「私を探して」の文字。しかし今度は、その下に数式が書き込まれていた。

壁には巨大な歯車のような装置が設置されている。その周りには複雑な数式が刻まれていた。私の目に、それらは見覚えのある式に見えた。しかし、なぜだろう。私にそんな知識があったはずがない。

スマートフォンのカウントダウンは「19:30」を指していた。時間が歪み始めている。この部屋の温度は上昇しているのに、持っていたコーヒーは急速に熱くなっていく。

「青木さん、写真を」 「はい」 フラッシュが光る。その瞬間、私は壁に人影を見た。藍の影だった。

しかし振り返ると、そこには誰もいない。代わりに、床に何かが落ちていた。 古びた病院の職員証。 名前の欄には「如月藍」とある。写真の彼女は、確かに微笑んでいた。

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