サスペンス ホラー ミステリー 中編小説

【前編】金曜日の夜、カラスたちは泣き始める

そのままカラスに導かれるように歩いていくと、うっすらと街灯も届かない路地裏へとたどり着いた。ビルの隙間に生まれたような薄暗い道は普段なら絶対に近づかない場所だが、今夜は得体の知れない吸引力に背を押されるように進んでしまう。足音はやけに大きく響き、カラスたちの羽ばたきに混じってかすかな風音も耳をくすぐる。

立ち止まって見回すと、電線には数羽のカラスがずらりと並び、こちらを見下ろしていた。ビルの外階段やゴミ置き場の柵の上にまで、身を寄せ合うようにカラスが集まっている。その様子は、自然の一部であるはずの鳥の群れが、どことなく人間の会議を開いているようにも見えた。

「……なんで、こんなにいるんだ?」

修平は怖気が立ちながらも、その場に立ち尽くした。目が慣れてくると、さらに奥まった場所にもぼんやりと動く黒い影が見える。気味の悪いほど静寂で、カラスが集団になったときの不協和音――コォッ、カァァ……という鳴き声だけが耳を打つ。まるでそこがカラスたちの“巣窟”のようにも感じられた。

一歩引き返そうとした矢先、さっき先導してきたカラスが地面に降り立ち、こちらを振り返った。翼を小さく広げて上下に揺れる動きは、何かを訴えているかのようだった。まるで「ここに来て」と招かれているようで、修平の喉仏はひとりでに上下した。しかし恐怖が勝り、その場から猛ダッシュで逃げ出す。夜の路地を全力で駆け抜け、辛うじて自宅まで戻ると、荒い呼吸を鎮めるように玄関ドアに背を預けた。

「なんだったんだ、あれ……」

ドアの隙間から冷たい空気がわずかに流れ込み、汗ばんだ肌をひやりと撫でていく。ゾッとした思いは消えないまま、修平は電気をつけると、急いでカーテンを閉めてしまった。得体の知れない“呼びかけ”をするカラスたち――そんな出来事を信じられるはずもなかった。しかし、ものすごく生々しい恐怖が今も胸にこびりついている。

翌日、会社へ出勤した修平は、疲れのあまりいつもの掲示板に投稿する気力も湧かなかった。昨夜目にしたあの光景が何度も頭にちらつく。あれほどの数のカラスが、なぜ路地裏に集結していたのか。それに、まるで人間同士のような意思疎通がそこにあったようにも思えたのだ。気味が悪いのを通り越して、どこか現実感がなかった。

そんなぼんやりとした気分でデスクに腰かけ、仕事のメールを開きながら同僚たちの雑談をなんとなく聞いていると、「最近、夜にカラスがすごい数いるみたいだよ」という声が耳に入ってきた。

「いや、マジで増えてるらしいよ。しかも、行方不明者が増えるのと同時期からだってさ」

「何それ、どういう関係があるんだろうね」

修平は思わず反応したくなった。まるで昨夜の体験を証明するかのような噂話。だが、自分が人より多くのカラスを見かけたという話をしたら、変人扱いされかねない。そもそも、「カラスが誘ってきた気がする」などと口走ったら、おそらく冗談だと思われるか、あるいは精神を疑われるかもしれない。

それでも気になって仕方がなく、昼休みにそれとなく同僚に話しかけると、どうも所轄の警察署が「行方不明者増加」と「街中のカラス増加」に奇妙な相関を見いだし始めている、という噂があるらしい。確証はないが、最近SNSでも「夜のカラスが異様に多い」「まるで人を探しているみたい」という投稿が増えているというのだ。

「単にカラスがゴミをあさりに来てるだけじゃないの?」と笑う同僚もいれば、「不気味だよな、なんか」という不安を口にする人もいる。修平はそのどちらにも加担できず、自分自身でもどう考えたらいいのかわからなかった。

会社からの帰り道、修平は早足になっていた。なぜかまた、あのカラスに呼ばれてしまうのではないか――そんな思いが頭を離れないのだ。夜道をなるべく避けるように、大通りを通って帰ろうと思ったが、結局いつもの細い路地をショートカットすれば五分ほど早く帰宅できる。仕事で疲れた体を少しでも休めたいと考えれば、つい足は裏道へ向かってしまう。

スマートフォンで音楽をかけながら孤独を誤魔化して歩いていると、すぐ近くでカアッという声が聞こえた。一瞬、心臓が飛び出しそうになる。イヤフォンを外して辺りを見回すと、街灯の下に一羽のカラスがいて、こちらをじっと見つめていた。

「また、あいつか……?」

昨夜と同じカラスかどうかはわからない。けれど、そのまるで人間を観察しているかのような視線には、奇妙な既視感があった。少なくとも普通の鳥なら、人が通れば逃げるか飛び立つのが自然だ。しかし、そのカラスは逃げもせず、ゆっくりと首をかしげる。まるで「ついてこい」と言わんばかりだ。

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