PART7
香月は、それら書き込みの写真を撮りながら言った。「やはり、コレクターが注目するのはこの未来の日付とか妙な記号なんでしょうね。誰かがこれを“預言書”みたいに扱っているのかも……。でも実際、孝也さんの名前が書かれているし、実質あなただけのオリジナル。勝手に売買されたら、確かに問題にはなりそうです」
孝也はページをめくり、その最終付近の汚れた箇所を凝視する。そこには、震える手つきで書いたような細かい文字列があり、「いつか どこか えんそうする」と幼い字が残されていた。その後には、途切れ途切れの音符のような物や日付らしき数字も並んでいる。あるページでは、「2025年5月 ○○○にいく」と読める箇所があった。どうやらそこだけは小学校一年生くらいの文字が残っており、達筆とは程遠いが、はっきり「行く」と書かれている。実際、今年は2025年だ。奇妙な一致と言えなくもない。
「俺、まさか子どもの頃から未来を予言してたとか、そんなオカルトじみた話は信じたくないんですけど……。でもこういう偶然って面白いですね」
そうつぶやく彼の顔が、どこか微笑んでいる。手帳に書かれた2025年という数字は、もしかしたらただの落書きかもしれない。だが、自分が今年、海外公演という大きなチャンスを得て、これまでにない舞台に立とうとしている事実を思えば、何か運命めいたものを感じずにはいられない。それが“書かれていた未来”だとしたら、無視できない重みがある。幼いころの自分が何気なく残したメッセージが今になって目の前に現れ、じっとこちらを見つめているようだった。
ひとまず手帳は孝也の手元に保管することになり、香月は「私もオークションやコレクターの動向を調べておきますから、心配しないでください」と言ってくれた。こうして手帳の謎はひとまず保留の形となったが、孝也の胸には、幼い自分からのメッセージを受け取ったような感慨が深く刻まれていた。そこには、時間管理やスケジュールに対して抱いていた漠然とした抵抗感の起源がある気がする。あるいは、過去と未来を結びつける“音楽”という存在が、手帳の中には隠されているのかもしれない。
ところが、その翌日、マネージャーの榊原から緊張した声で連絡が入った。「悪い話じゃないんだが、例のオーケストラがリハーサルの追加日程を組んできやがった。このスケジュール、絶対見落とすなよ。下手すると初回の顔合わせより先に別のパートの練習が始まるらしい。もし間違って遅刻とかしたら、大ごとになるぞ!」と。しかし、孝也は珍しく「わかった。確認する」と即答し、くわえてこう提案した。「香月さんという人に、細かくスケジュール管理を手伝ってもらうことになったんだ。大丈夫、今回は本気で乗り切るよ」
榊原は思わず息をのんだらしい。彼がいつもなら「まぁなんとかなるさ」「ごめん寝てた」くらいの気楽な返事しかしないのを知っているが、今回は妙に覚悟が感じられる。何があったのかと訝しみながらも、「ほんとに頼むぞ、マジで信用問題だからな」と念を押すにとどめた。