PART5
こうして、孝也の奇妙な「手帳を探す旅」と、スケジュールの“本気管理”が、同時進行で始まることになった。まずは数日後、祖母の家を訪れ、古い段ボール箱に埋もれているかもしれない「幼少期のノートやメモ」を探す作戦だ。まさかこの大人になってから、自分の昔の落書きを探しまわることになるなんて夢にも思わなかったが、彼の頭のなかには一つの予感が芽生えていた。それは、忘れ去っている自分の過去の断片を手繰ることで、これからの未来に繋がる大きなヒントを得られるかもしれない、という漠然とした期待だ。
ただ、その一方で、海外公演の重厚なスケジュールが冷酷に迫っているのも事実。しかも、範囲はヨーロッパから少し延びる可能性もあるという。今までのように「まぁなんとかなるだろう」で済ませるわけにはいかない。現地のオーケストラは厳格なことで有名。初回のリハーサルに遅刻したら、一瞬で信用を失うだろう。実際、この公演を自分の音楽人生での飛躍にするためには、どうしてもスケジュールを徹底しなくてはならない。頭がクラクラするほど苦手領域だらけだが、逃げ出すわけにはいかないのだ。
店を出るとき、香月は小さく息をつきながら言った。「なんだか不思議ですね。時間に厳しい仕事と、時間をすっぽり忘れるような古い手帳と。またいいタイミングで出会ったのかもしれません」――それに孝也は、「うん、もしかしてね」と笑い、チェロケースを担ぎ直した。
こうして、空白だらけの手帳を抱える男・鷹野孝也は、自分がかつて書いたかもしれない「虚ろな手帳」の謎を探るため、一歩を踏み出した。予定と約束に縛られることを極端に避けてきた彼が、その壁を乗り越えて、自らの過去と未来に向き合う。世界的オーケストラの舞台と、不思議な手帳が指し示す運命――これらがどのように結びつき、新たな音を生み出していくのか。彼自身も未知のステージに足をかけながら、その行方を模索することになるのだった。
予定なき音の旅