第4部「時を紡ぐ者たち」
祖父の言葉を聞いた瞬間、トーマスには分かった。毎日の時計台でのメンテナンス、歯車の動きを見守る時間、そして町の人々の生活のリズム。それら全てが、大切な時の営みだったのだと。
トーマスは懐中時計を、中央の巨大な歯車に向けて掲げた。すると不思議なことに、時計の中から金色の光の糸が次々と伸びていく。それは歯車という歯車に絡まり、まるで星座のような模様を描き始めた。
「これが...時の糸」 リリアが感嘆の声を上げる。 「時間の道筋そのものね」
光の糸は、ヴィクターが持っていた紫の時計も包み込んでいく。歪んでいた時間の流れが、少しずつ正常な姿を取り戻していく。窓の外では、混乱していた昼と夜の境目がくっきりとし始めた。
「私は...何てことを」 ヴィクターが膝をつく。 「ただ認められたかっただけなのに」
トーマスは叔父に近づき、そっと手を差し伸べた。 「叔父さんの時計の技術は、町中の人が頼りにしているよ。僕も、いつも尊敬していた」
「そうだよ、お前は立派な時計職人だ」 祖父の声が優しく響く。 「技術は確かに大切だ。でも、もっと大切なのは、時計に込められた人々の想いを感じ取ること。それは私が、トーマスの中に見出したもの」
管理室に満ちた光が、ゆっくりと収束していく。時計台の歯車たちは、再び調和のとれた動きを始めた。
「時の見張り人として言わせてもらえば」 リリアが微笑む。 「この時計台は、二人の継承者を必要としていたのかもしれないわ。時計の技術を守るヴィクターさんと、時の想いを紡ぐトーマス」
祖父の姿が徐々に透明になっていく。 「私からの最後の言葉だ」 祖父は二人に向かって言った。 「時計台は、これからも町の人々の時を刻み続ける。その営みを、共に見守っていってほしい」
光が消え、管理室には三人が残された。窓から差し込む夕暮れの光が、穏やかな時の流れを告げている。
「トーマス」 リリアが言う。 「私たち時の見張り人は、これからもときどきこの時計台を訪れるわ。その時は...」
「うん、僕たちで町の時を守っていこう」 トーマスは叔父を見る。 「二人で」
ヴィクターはゆっくりと頷いた。その表情には、久しぶりの穏やかな笑みが浮かんでいた。
時計台の大時計が、力強く時を刻み始める。 それは新たな時代の始まりを告げる音だった。
クロノスバーグの町で、この出来事を知る者は少ない。だが、時計台の秘密は、これからも代々受け継がれていくことだろう。
時を守る者たちの物語は、まだ始まったばかり。大きな歯車たちは、今日も静かに、しかし確かに、人々の想いと共に時を紡いでいく。