ドラマ 中編小説

【後編】予定のない選択

1時58分―2時直前。交差点に差しかかると、信号がちょうど赤に変わるところだった。大杉は「あとで少しコンビニに寄りたいんだけど、先に信号だけ渡っておく?」などとのんきに言い出す。正直、亮二はここで歩道の端に留まっておきたい気持ちもあったが、もしかするとこのタイミングでの行動が何かを左右するかもしれない。悩んだ末に「いや、やめよう。青になってから渡俺たちも渡ろう」と声をかける。

すると、大杉が首をひねりながら「何か焦ってる?」と聞いたきた。もっともらしい言い訳が頭に浮かばず、亮二は少しぎこちなく首を横に振る。するとその一瞬後、バイクのエンジン音がけたたましく響き渡った。はっと交差点の先を見渡すと、一台の原付バイクが斜めに傾きながらスリップしかけ、車線をはみ出してくるのが見えたのだ。同時に交差点の別の方向から車が曲がってきていて、ぶつかる寸前。運転手は慌てて急ブレーキをかけるが、バイクは制御を失い、ぐらりと転倒するように滑り込んでいく――。

轟音とともに地面をこすれる音が響き、周囲は悲鳴を上げた。バイクの運転手も車のドライバーも、幸い大怪我はなさそうだが、一歩間違えれば歩行者の列を巻き込みかねない危険な動きだった。実際、信号無視ぎりぎりで急いで渡ろうとしていた通行人がいたら、巻き添えになっていたかもしれない。亮二と大杉は今まさに、赤信号を前に足を止めていたところだったので、かろうじて難を逃れた格好だ。

しかし、それだけではなかった。バイクが滑り込んだ衝撃で、積み荷だった配送用の箱が派手に路上へ散乱している。さらに運転手が慌てて身を起こそうとしてバランスを崩し、歩道側に向かって転がった。その先には、道の端で子どもを抱いている母親が立っている。彼女が危ない――そう感じた瞬間、亮二は無我夢中で、運転手と母親の間に割り込んだ。気づいたときには、上体から地面に倒れ込むように身を投げ出していた。

「痛っ……!」

思わず声を上げてしまう。腕と肩がアスファルトにぶつかり、鈍い痛みが駆け巡る。だが、最悪の事態は回避できたようだ。母親と子どもは間一髪、巻き込まれることなくその場に踏みとどまっている。大杉も慌てて駆け寄り、「おい、亮二、大丈夫か?!」と声を上げた。運転手の男性も、顔面を擦りむきながら「す、すみません」と呟く。あたりには周囲の視線が刺さり、一気に騒然とした空気が漂った。

気を取り直して、自力で起きあがろうとすると肩のあたりがじんじんと痛む。それでも何とか立ち上がり、大杉や周囲の人に支えられながら歩道に退くと、母親が「助けてくれてありがとうございます」と頭を下げた。自分はただ流れの中で動いただけ――しかし、もし「予知を知っていなかったら」こんな行動は取れなかったかもしれない。もっと言えば、いつものようにギリギリの時間に来ていたら、たまたま信号に間に合って渡っていた可能性だってある。そうしたら、転倒してきたバイクに真正面から接触していたかもしれない。

とはいえ、本来アプリは「友人が被害に遭う可能性」を示していた。今のところ、大杉は無傷だった。自分が怪我をしたとはいえ、少なくとも大杉も歩行者の誰かも、重大な事故にはならなかったように見える。これで、ひとまず「最悪の未来」は回避できたのか――そう思いかけたとき、大杉が苦しげな表情で声をあげた。

「ごめん……俺、実は最近、家で親が体調崩しててさ。もし何かあったらすぐ駆けつけられるように、この打ち合わせが終わったらダッシュで駅に向かおうと思ってたんだ。もし俺が一人だったら、焦って信号無視ぎみに渡ってたかもしれない。そうしたら……」

言葉の端々に、大杉が背負っていた事情が滲(にじ)む。彼は普段、家族の問題をほとんど口にしないタイプだった。知らないところで危うい緊張感を抱えていたのだ。だからこそ、交差点を渡る際に「一刻も早く行きたい」という焦りが、事故に巻き込まれる要因になりかねなかった。だが、「予定が組めない男」である亮二が、この日に限って計画的に立ちまわり、タイミングをずらしたことで、皮肉にも危機は回避されたのだ。

次のページへ >

-ドラマ, 中編小説
-