ドラマ 中編小説

【前編】予定のない選択

その夜、彼はどうしても眠れなかった。自分が本当に未来を変えられるかもしれないという高揚感と、「いや、そんなはずがない」という理性のせめぎ合い。それでも翌朝になると、結局はぼんやりとしたまま布団から起き上がり、出社準備に取りかかるという日常に戻ってしまう。いつもと同じように、予定を立てないまま過ごしてしまい、「やっぱりこのアプリは眉唾ものかもしれないな」と、どこかで自分に言い聞かせていた。

そんなとき、ついにアプリから「決定的に無視できない」予測が届く。内容はこうだ。

「6月7日 午後2時、あなたの友人が大きな被害に遭う可能性があります」

日時と場所が具体的に書かれており、「友人」と表現されていることが、不気味なほどはっきりしていた。これまでの予報と決定的に違うのは、当事者として強く関わりがあるかもしれないという点だ。本文には「知り合いが事故に巻き込まれる恐れがある」とまで記載されている。だが、どの友人なのかはわからない。アプリを開くと「複数条件が重なっているため、この時点では個人を特定できません」と表示されているだけだが、場所ははっきりピン留めしてあった。そしてその場所こそ、亮二が学生時代を過ごした馴染みのある町の交差点だった。

徐々に胸が騒ぎ始める。友人というからには、高校時代や大学時代の仲間かもしれないし、会社の同僚かもしれない。何人か心当たりがありすぎて、逆に誰だかさっぱり分からない。しかも午後2時という時間帯は平日の真っ只中。普通に考えれば仕事中の人が多いはずだが、出先で偶然その場所に立ち寄る可能性だって十分にある。これまでは「明日の自分に任せればいい」と先送りにしてきた亮二だったが、さすがに人命に関わるかもしれないとなると、そうもいかない気がする。

しかし、どう動けばいい? 友人全員に「6月7日の午後2時はあの交差点に行くなよ」なんて連絡を送るのか? そんなことをしたら、まるで怪しい勧誘か何かのようだし、「そもそもなんでそんなこと知ってるの?」と聞かれても説明に困る。もしかすると取り越し苦労で終わるのかもしれないが、もし現場で何か起きるのだとわかっているなら、やはり放置するのは気が咎(とが)める。

「こんなときこそ、計画的に動かないと……」

口にしてみてはっとする。この言葉は、今までの人生で亮二がほとんど意識してこなかったものだった。自分にとって「計画を立てる」なんて、煩わしいだけの行為だったからだ。しかし、確かにこういう場面こそ、どう動くかをあらかじめ考えておかないと、その日が来たら結局また寝過ごしたり、不意の出来事で身動きが取れなくなる可能性が高い。自分の性格を亮二自身が一番わかっている。ギリギリまで状況を甘く見て、気づけば何もできずに手遅れになる。そんな未来はもうゴメンだ。

気づけば、彼の手はスマホを握りしめたまま、友人たちの連絡先をめくり始めていた。高校時代の同級生、大学のゼミ仲間、会社関係……すべてに連絡を回したい衝動はある。しかし、そのすべてにいきなり「その場所に行くな」なんて言ったところで、混乱させるだけで終わるかもしれない。だとしても、あとで後悔するくらいなら、いま何かしらの手を打ちたい。言い訳ばかり並べてきた自分が、いま初めて心の底からそう思っていることに、亮二は微かな戸惑いと不思議な昂(たか)ぶりを覚えていた。

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