PART3
こうなってくると、同じくアプリに記載された「4月18日 正午 駅前広場にて救急車出動」の行方も気になる。そちらが本当なら、大ニュースになるかもしれない。だが亮二は、翌日が休みだったのをいいことに、夜更かしをしてゲームに没頭し、起きたら昼をすっかり過ぎていた。スマホを見れば、時刻は午後1時近く。駅前広場で何が起こったか確かめる間もなく、予定らしい予定も組まずにチャンスを逃してしまった。
「緊急搬送で大騒ぎになったらしいよ」
後日、同僚の話によれば、実際にお年寄りが駅前で倒れ、通行人が通報して救急車が駆けつけたらしい。幸い大事には至らなかったようだが、「正午ごろ」だからこそ近くを通りかかった人が多く、速やかに発見・通報に繋がったという話を耳にした。アプリの予告通りの出来事であることは、ほぼ間違いない。だが、だからといってどう行動すべきかも分からない。誰かが倒れると分かっていても、それを未然に防ぐ方法なんて思いつかなかったし、自分がただそこにいるだけで救えたのかどうかも疑問だった。
そんな調子で、予測された出来事が次々と当たっていく中、彼は一向にそのアプリを「活用」して動くことができなかった。たとえば「5月1日 夜8時」都内某所の停電情報のときも、アプリが示した場所と時間を前もって確認しておけば、もしかすると何か手助けができたかもしれない。だが結局、彼は前夜にアニメを一気見し、当日はバタバタと私用が重なって出かける気になれず、気づけば停電が起きたというニュースをSNSで目にするだけで終わってしまったのだ。
そんなある日のこと。唐突に、アプリからメッセージが届いた。それまでの一方的な未来情報通知ではなく、まるで誰かが直接打ち込んだかのような文章だった。
「ご利用ありがとうございます。あなたの行動が社会を変える可能性がある。まもなく、大きな選択を迫られるでしょう」
そのメッセージは、亮二にとって少し薄気味悪いと同時に、奇妙な好奇心を刺激するものでもあった。誰がどうやって作ったアプリなのか。なぜこんな情報を知らせるのか。しかも、「社会を変える可能性」などと大げさなことを言われると、まるで自分が意義深い人間であるかのように思えてくる。しかし現実は「予定が組めない男」でしかない。彼はスマホを握りしめながら、困惑気味にソファへ腰を下ろした。
「大きな選択って……そもそも俺にそんな決断を求められるシーンなんてあるのか?」
ぼんやりと天井を見上げながら思考を巡らせる。自分一人が行動したところで、何も変わらないんじゃないか。実際これまでも、知っていたところでどうにもならなかったし、間に合わなかった。かといってアプリを削除する勇気もない。削除した途端に、何かものすごく後悔する出来事が起きるのではないかという不安が拭いきれないのだ。
そんな葛藤を抱えたまま、彼は何気なくアプリ内の「過去の通知履歴」ページを開いてみた。すると、これまでに届いた未来予知の履歴がずらりと並んでいる。老舗喫茶店の閉店、駅前の救急騒動、都内の停電。すべて当たり前のように的中し、どれも今は「過去のニュース」としてネットに記事が残っている。それだけではない。まだ実際に時間が来ていない予測も複数存在していた。そこには、淡々と日時と場所、そして起こりうる案件が示されている。
たとえば、「6月3日 正午、雨天のためイベント中止」という情報がある。場所は大きな公園で、いわゆる地域主催のフリーマーケットイベントらしい。こういう未来予知情報は、もし事前に知っていれば、もしかするとイベント主催者に共有して雨天対策を呼びかけることもできるのかもしれない。もっとも、彼がそこまでして動くかと問われれば、答えは非常に曖昧だ。結局、亮二の行動は「面倒くさい」の一言で終わらせることが多いのだから。
「うーん……まあ、誰かやるでしょ」
彼はスマホをテーブルに雑に置き、またしても寝転がろうとした。だが、その瞬間に机上で震えるスマホを見て、おそるおそる再び手に取った。画面を覗くと、「Foresight」アプリからの新着メッセージがある。またしても今回も、誰かの言葉そのもののようだ。
「あなたの“先延ばし”が招く結果を、一度は目の当たりにしてみてください。次の予知は、あなた自身に深く関わるかもしれません」
画面を見つめる亮二の胸には、ぽちゃんと水滴が落ちたような、落ち着かない感覚が湧き上がる。これまで数々の未来予知を見せられても行動できなかった自分。この先、もし本当に「自分自身」に何かが起こるなら、今度は放置していていいのだろうか。だが、いざ具体的にどう動けばいいのかはさっぱりわからない。彼の脳裏には、これまでの「チャンスを逃すパターン」が鮮明に刻まれていた。