PART2
スマホを取り出してラインのメッセージを確認する。会社の同僚から「今日の修正お疲れ!」と労いの言葉が送られてきていた。しかし、肝心の「Foresight」というアプリからは相変わらず何の連絡もない。見慣れない存在のはずが、なぜか削除することも面倒に感じたまま、彼はそのままソファで横になった。見事な先延ばし癖である。
だが翌朝、再びスマートフォンを手に取ったとき、不意に画面上部の通知バーにメッセージが表示された。差出人は「Foresight」。普段使っているSNSやメールアドレスは登録していないはずだが、どうやらプッシュ通知の形式で何かを送ってきているらしい。
「4月15日 午前10時 幸町商店街老舗喫茶店 閉店決定」
たったそれだけの情報が、淡々と記されていた。しかも、本文の部分には「閲覧ありがとうございます。書かれた内容は、現時点で発生が確定している未来の出来事です」とまで説明がある。何だこのアプリ、冗談が過ぎる。まだ朝の寝ぼけ眼で思考がついていかないが、これがもし事実だとしたら、その老舗喫茶店が近々閉店するということになる。ただ、アプリの情報源や信用性は皆無に等しい。そもそも誰が作ったのかも分からない。大事な朝食の時間を削ってまで調べものをする気にもなれず、結局はスマホを放り投げた。
「そんなことより、早く家を出なきゃな……」
しかし、「4月15日 午前10時」という日付はそう遠くない。あと数日後のことだ。もし本当に喫茶店が閉店するなら、きっと町の噂やネットの掲示板などにも話題が上がるかもしれない。ただ、自分で動いて確かめようという意欲は、やはり亮二には湧いてこなかった。いつもの調子で「誰かが教えてくれるだろう」くらいにしか思っていない。
翌日もまた、アプリから通知が届いた。今度は「4月18日 正午 駅前広場にて救急車出動」。さらにその翌日は「5月1日 夜8時 都内某所で停電騒ぎ」と、前後する時系列でバラバラの「未来の出来事」らしき予報が示されている。しかも書かれている時間が非常に具体的で、場所も明確に記されていた。どう考えてもただの冗談では済まされないレベルだが、ネット上を検索してもそれらしき情報はまだ流れてこない。やがて迎えた4月15日の朝、再びアプリに目をやると、そこには例によって「老舗喫茶店が本日10時をもって閉店する」という情報が残っているだけだった。
「……まさかね」
そう思いながら彼は会社に向かい、10時ごろに何気なくSNSをチェックした。その瞬間、気がかりが事実へと変わる。タイムラインには、小さな商店街の喫茶店が今朝で閉店してしまったという投稿がちらほら。地元民らしい人々が名残惜しそうに写真をアップしていた。そこには、昨日まで営業していたはずの白い看板に「永らくありがとうございました」との貼り紙が揺れている。正真正銘の閉店だ。
「いや、マジか……嘘だろ」
頑固なおじいさんが営んでいると有名で、昔から地元の人たちに愛されてきた店が、突然の幕を下ろした。それは少なからず、亮二にショックを与えた。彼にとって、たまに立ち寄ってアイスコーヒーを飲むくらいの場所ではあったが、まさか本当に閉店になるとは思っていなかった。地元でも老舗の一角だったし、ずっとそのまま続くものだと勝手に思い込んでいたのだ。