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「課長、お疲れさまです」
私は声をかけた。夜勤で入れ違いになる瞬間が、今日の楽しみだった。
34歳。中途採用で入社して3ヶ月。コールセンターの深夜業務は想像以上に大変だけど、彼を見ているとなんだか頑張れる。最初は、その背中の寂しげな佇まいに目が留まった。「あ、ありがとう。今日も頑張ってください」
いつもの優しい声。でも、その目は何か遠くを見ているみたい。噂では離婚歴があるとか。でも、そんなことは気にならない。むしろ、傷ついた人の優しさに、心が震える。

「課長、これ、差し入れです」
缶コーヒーを机に置く。ちょっとした勇気を振り絞って。彼は少し戸惑ったような、でも嬉しそうな表情を見せる。その表情を見るために、私は深夜のコンビニに寄り道するのだ。「すみません、いつも気を遣わせて」
そう言って微笑む彼の横顔に、また胸が締め付けられる。
同僚から聞いた。彼は夜勤明けにいつもサウナに行くらしい。私も一度、遠くから見かけたことがある。疲れた背中を丸めて歩く姿。きっと、誰かのことを想いながら歩いているのだろう。

「課長って、誰かに似てるって言われませんか?」
ある日、思い切って声をかけてみた。単なる世間話のフリをして。
「え?」彼は少し困ったように笑う。「特には...」
その瞬間、彼の携帯が鳴る。画面を見た彼の表情が、一瞬だけ曇る。
私には分かる。彼の心の中には、まだ誰かがいる。でも、それでもいい。時間をかければ、少しずつでも近づけるかもしれない。

「課長、明日も差し入れ、持ってきますね」
帰り際、私は明るく言う。彼はまた、あの優しい困った顔で頷く。
この恋が叶うかどうか、まだ分からない。でも、深夜の蛍光灯の下で、私たちはこうして少しずつ、お互いの存在を確かめ合っている。
私の心の中で、小さな希望が灯る。それは、深夜の街を照らす星のように、小さくても確かな光なのだ。
夜の片隅で~蛍光灯の下で~
夜の片隅で~蛍光灯の向こう側~