この話のシリーズ一覧
エピソード5: 顧問教師の疑念
そんなある日の昼休み、愛は職員室に呼び出された。呼び出したのはプログラミング部の顧問、神谷(かみや)先生だ。やさしげな口調ではあるものの、どこか探るような表情でこう切り出す。「小島、最近なにか大きな荷物を持ち歩いてないか?古いタブレットとか、そういうの……」愛は瞬間的に胸の奥がぎゅっとなった。どうやら神谷先生は、学校の物品整理が進む中でタブレットの存在を把握したらしい。
「え、えっと……そんなに大きな荷物は持ってないです……」と動揺しつつ答えると、先生は眉をひそめ、「そうか。まあ、いずれにせよ、学校の備品で古いものは廃棄する方針だからな。もし見つけたら早めに報告してくれよ」と念を押すように言った。愛はぎこちなく笑顔を作りながら、「はい、わかりました」とだけ応じる。でも、胸はどきどきしていた。リタが見つかったらどうなるだろう?廃棄されてしまうかもしれない。そう考えると、愛はなんとしてもリタを守らなくては、と強く思う。
その日、放課後にソラと顔を合わせるや否や、すぐにその話を伝えた。ソラもやはり動揺した様子だ。「やばいじゃん……先生が本気で探し始めたら、すぐに見つかるかもしれないよ」。愛はうなずく。「うん……でも、今のリタを放り出すわけにはいかない。このままだとリタが消滅しちゃうかもしれないし……」するとソラは唇を噛み、少しだけ考え込む。「やるしかないか、急いでエラーを直してリタを完全に起動させるしか……。起動できれば、私たちの手元でデータとして守れるかもしれないからね」。こうしてふたりはさらに本腰を入れて作業を進めることにした。
エピソード6: 校内での小さな攻防
翌日から、愛とソラは昼休みと放課後のほとんどを空き教室に費やした。校内では物品整理のアナウンスが流れ、「不要な機器や書物は速やかに提出するように」と繰り返される。顧問の神谷先生は廊下でふたりを見かけるたびに「何をしているんだ?」と怪訝そうな顔をする。愛はトイレに行くフリをしてその場を逃げ、ソラは上手に言い訳をかまして神谷先生をやりすごすなど、彼女らなりに必死の潜伏作戦だった。
タブレットは当然、もう使えない。リタの本体とも言えるプログラムはソラのノートPCと彼女の特製デバイスで動かしている。配線むき出しの装置を広げ、ああでもないこうでもない、とソラがコードを修正し、愛は手順通りにアシスタントを務める。少しずつだが、リタは長時間動作し続けられるようになった。自己紹介のように「…Rita…」と打ち出すこともある。最初は断片的だったメッセージ表示が、時折、短い単語で呼応するようになった。まるで幼い子どもが言葉を覚えるように。「おはよう」「Hello」程度なら、一度停止しても次の起動で覚えているらしい。愛はそのたびに胸を震わせた。これって、まるで本当に心が芽生えているみたいじゃないか、と。
しかし、大きな問題も露呈してきた。リタには重大なメモリエラーがあり、ある一定のプロセスを超えるとシステムが暴走状態に陥るのだ。ソラは原因を突き止めようと必死だが、コードは膨大で不完全だ。研究者の書いたメモも断片的。「これ、もしかしたら“感情生成”の部分が未完成だからこそ負荷がすごいんだと思うんだよね……」ソラが言う。「人間だって感情が高まるとパニックになったり制御がきかなくなることがあるけど、リタの場合は『研究途中の人工的な感情』を無理矢理走らせてる状態だから、余計に不安定なんだと思う」。愛はそれを聞いて改めて思う。リタが感情を持つことを目指した研究は、途中で投げ出されたままだった。このままでは、リタは永遠に自分の意思を確立できないのかもしれない。
けれど、愛にはプログラムを深く理解する知識がない。ただ、リタが画面越しに断片的な言葉を発しては止まる様子に、何とか救いの手を差し伸べたいと心が揺れる。ソラもまた徹夜覚悟で取り組んでくれているが、「もっと根本的な解決策が必要だ」と頭を抱えていた。