雨の日の出会い
小学校四年生の大輝は、雨の降る校門の前で一人ぽつんと立っていた。傘を持ってはいるものの、少し薄手の上着はすっかり雨粒に濡れ、裾のほうからじんわりと冷たさが伝わってくる。いつもなら自分ひとりで帰るはずなのに、今日は珍しく父親が迎えに来るという。そんな言葉を聞いたのは、朝の登校時――急ぎ仕事に向かう父親が「今日の午後は早めに切り上げられそうだから、放課後は待ってなさい」と、ほんの数秒で通り過ぎるように告げてくれたのだった。
父親が校門をくぐってくる姿を見るのは、どれくらいぶりなのだろう。大輝の記憶では、父親はいつも朝早く家を出て、夜遅くに帰ってきていた。学校の行事に来てもらうのもほとんどなかったし、帰宅後に顔を合わせるときは、父親は疲れ切った様子で、母親がいた頃のような温かい団欒は遠く感じられていた。
けれど、この日の父親は、なんとなく表情が明るい。梅雨の雨に煙る校庭をしばし見つめたあと、こちらに気づいてにっこりと笑う。その笑顔には、ほんの少し仕事から解放された安心感が混じっているように見えた。父親は「待たせたな」と短く言って、大輝の頭を軽く撫でる。大輝が照れくさそうに「そんなに待ってないよ」と答えると、父親はぽつりと一言、「そっか。よかった」と呟いた。
二人は一本の大きな傘を差しながら、少しぎこちない歩調で並んで歩く。大輝の足取りに合わせて、父親も少しペースをゆるめているようだ。しばらくは、お互い何を話していいか分からず、薄暗い雲に覆われた空を見上げたり、水たまりを避けて歩いたりするだけだった。父親は仕事のことを説明しようとしたのか、一度口を開きかけたが、わざわざ息子に聞かせるような話でもないと感じたのか、笑って首を振った。
――雨の音が二人の沈黙を包む。いつもなら退屈と感じるその静かな時間が、どこか違っていた。父親が、自分と一緒に帰ってくれる。それだけで、大輝は心の中に少し温かいものが芽生えるのを感じる。
校門から少し歩いた先の信号で、父親がふと顔を上げるように大輝の頭越しに街並みを見渡した。家にまっすぐ帰ってもよかったのだが、急に思い出したかのように「なあ、どこか寄って帰ろうか」と言う。大輝が「いいよ、どっか行きたいとこあるの?」と問いかけると、父親は並んでいる店をちらっと見たあと、「いや、コンビニでも何でもいいんだが……どこかでサンドイッチでも買って、公園にでも行かないか」と控えめに提案した。
それは、父親がまだ忙しさに追われていなかった頃、母親と三人でよくしていたことだった。どこかの店でサンドイッチや飲み物を買って、公園のベンチや芝生で一休みする。何でもない時間だったが、二人にとっては心がほぐれるような穏やかな思い出だ。大輝は小さく頷き、「うん」とだけ返事をする。父親の目尻が少しだけ緩んだ気がして、大輝もそれに気づいて微笑んだ。
横断歩道を渡ると、やがて雨は弱まり、空がわずかに明るみを帯びてくる。二人で深い水たまりを飛び越えるようにしながら、並んで歩くうち、どこかにつっかえていた空気が少しだけ柔らかく変わっていくのを感じる。学校帰りの、何でもない雨の日――けれど、それは確かに「二人で一緒に過ごす」特別な始まりのような気がしていた。